日本演劇学会
西洋比較演劇研究会例会案内
2017年度4月総会・例会の案内

日時 2017年4月15日(土)午後2時~5時
場所 成城大学3号館1F 311教室
http://www.seijo.ac.jp/access/index.html
3号館は、正門から中庭に進んで左側の建物です。
総会 午後2時~3時
 2016年度活動および会計報告、2017年度計画および予算などが議題になります。
例会 午後3時15分~5時(講演・質疑応答) 
講演 本杉省三「劇場の近代化:その進化と退化」

*終了後、懇親会があります。どうぞご参会ください。


(講演要旨)
私たちは、前の時代よりも今の時代の方が、更には次の時代の方がより優れたものになっている、複雑なものになっている、発展して行くと思っている。おかげで生活が豊かになる、快適に過ごせると思っている。そうした社会に技術が貢献している。劇場の演出技術も、古くから舞台機構・照明・音響などさまざま工夫が考案され、より素早く、より安全で、より効果的なものが誕生してきた。おかげで季節や天候・時間に左右されず意のままになる場を獲得することが出来た。その意味で劇場空間は進化していると言えるかも知れない。そうした建築や劇場機能の改善ために私自身も研究を行ってきた。
しかし、進化は同時に退化と共にある。ある機能が向上して行くことで、それまで有していた機能が退化して行く。あるいは、進化がある時点で停止し形式化される。空間の形式化は、社会の制度と結びついてより強固なものになって行く。そうした用心深さは、多額な費用を要する建築には確かに必要だ。しかし、それが劇場空間の創造力を削ぐものになって欲しくない。ある時期発展的と見られていた物事が、時間的経過とともに形式化し退化して行く。その結果、当初の意味が失われてしまう。そうした反省を込めて劇場建築を振り返ってみたい。

講演者プロフィール 本杉 省三(もとすぎ しょうぞう)
神奈川県横浜市生まれ。日本大学理工学部特任教授(工学博士)。1974年日本大学大学院修了後、同大学助手、ベルリン自由大学演劇研究所留学(DAAD奨学生)、同大学教授等を経て2016年より現職。劇場・ホールに関する様々な研究活動を行うと共に、シアターコクーン、新国立劇場、愛知芸術文化センター、新潟りゅうとぴあ、つくばカピオ、静岡グランシップ、ビックハート出雲、クレアこうのす、Kunstlinie Almere、まつもと市民芸術館、サントミューゼ上田、台中國家歌劇院等の計画・設計に携わる。主な著書は、「劇場空間の源流」、「劇場・コンサートホール」、「地域に生きる劇場」、「建築設計資料集成/展示・芸能」等。

1月例会の案内

会員の皆様、今年もお世話になりました。
来年早々、本年度最後の例会を行います。ふるってご参集ください。

日時 2017年1月7日(土) 14:00~18:00
場所 成城大学 3号館1F 311教室

音楽劇シンポジウム:「音楽劇」とは何か――演劇研究からのアプローチの可能性

発表1:奥香織「オペラ=コミックとは何か― 18・19世紀パリにおける存在意義を考える」
発表2:森佳子「演劇史のなかのオペラ―ポスト・ヴァーグナーを例に」
発表3:藤原麻優子「言葉・音楽・ダンス―ミュージカルにおける「統合」と劇作術の可能性」
発表4:萩原健「ハイナー・ゲッベルスの〈Music Theatre〉」

コメンテーター:丸本隆

全体要旨:「音楽劇」とは、ドラマの進行において音楽が重要な役割を果たす演劇全てを含み、オペラ以外にも様々な形式が考えられる。しかしながらその定義は明確ではなく、また演劇学の観点からの研究も十分であるとは言い難い。本シンポジウムでは、主に西洋の「音楽劇」の多様なあり方について考察し、今後の演劇研究における新たな可能性を探ることを目的とする。

発表要旨・発表者プロフィール

発表1 奥香織「オペラ=コミックとは何か― 18・19世紀パリにおける存在意義を考える」
オペラ=コミックとは何か、という問いに答えることは容易ではない。歌と台詞が混在する歌劇の一種(この種の作品を上演する劇場名でもある)という定義が可能ではあるが、時代を経る中で演劇的要素が強い作品からオペラに近いものへと重心が移動し、また内容も喜劇的なものから感傷的なものへと移行する。この変容は、ジャンルとしての発展と独自性を求めたゆえに生じたものであるが、次第にオペラとの差異は不明瞭となり、最終的にオペラ=コミック作品は創作されなくなる。
ジャンルとして永続し得なかったこと、大衆的・商業的な側面が比較的強いことなどから、オペラ=コミックは演劇史や音楽史において軽視されがちである。しかし同時代の受容に目を向けると、この音楽劇は「すぐれてフランス的」(19世紀初頭)と評され、またマスネの《マノン》が示唆するように、結果としてナショナル・アイデンティティを表象するものともなっている。本発表では、これらの点に注目し、語の定義ではなく、オペラ=コミックがその形式/空間ゆえに18・19世紀のパリで何を成し得たのか、特異な「混成ジャンル」としての存在意義と重要性について検討したい。

奥香織(おく かおり)
パリ第4大学博士課程修了。博士(フランス文学・文明)。現在、日本学術振興会特別研究員、明治大学ほか非常勤講師。専門はフランスの舞台芸術、日仏演劇交流。現在の主な研究対象は17-19世紀フランスの舞台実践、演劇美学。論文:「初期オペラ=コミックのドラマトゥルギー―権力、観客との関係性をめぐって―」(『演劇映像』第57号、早稲田大学演劇映像学会、2016)、「感覚の知を表象する場としてのマリヴォー劇―「恋の不意打ち」の構造と機能をめぐって―」(『総合社会科学研究』第3集8号/28号、総合社会科学会、2016)など。

 

発表2 森佳子「演劇史のなかのオペラ―ポスト・ヴァーグナーを例に」
19世紀のオペラにおいてドラマと音楽を一つにする試みは、18世紀イタリアのナポリ派で完成した形式(ナンバー・オペラ)の脱却から始まり、ヴァーグナーで頂点に達したと言われる。具体的には、まず1830年頃にフランスで「グランド・オペラ」という総合芸術の形式が現れ、その後ヴァーグナーはライトモティーフの手法でドラマと音楽の新しい関係性を提示し、同時代の作曲家の大部分がその影響下にあったことは確かだろう。
しかしオペラ研究において、「ドラマあるいは演劇と音楽」に関する問題は、むろんそれらに限らず、普遍的なものである。発表では、ポスト・ヴァーグナーの流れをくみ、オペラを演劇として位置付ける過程で生まれた「自然主義的オペラ」(ブリュノー、マスネ、プッチーニ等。ヴェリズモも含む)を例に取り上げる。そのうえで、「演劇史におけるオペラの意義」が時代とともにどのように変化して来たのかを模索してみたい。

森佳子(もり よしこ)
日本大学他非常勤講師、早稲田大学オペラ/音楽劇研究所招聘研究員。博士(文学)。フランスを中心としたオペラ、音楽劇の研究を行う。主な著書に『笑うオペラ』『クラシックと日本人』(共に青弓社)、『オッフェンバックと大衆芸術ーパリジャンが愛した夢幻オペレッタ』(早稲田大学出版部)など。

 

発表3 藤原麻優子「言葉・音楽・ダンス―ミュージカルにおける「統合」と劇作術の可能性」
ミュージカルは台詞・歌・ダンスを用いるジャンルであり、言葉と音楽とダンスが「ひとつになっている」と説明される。この考えかた、すなわち言葉と音楽とダンスの「統合」は、1940年代にリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世が発表したミュージカル・プレイによって大きく打ちだされ、1940~1960年代のミュージカル「黄金期」を生みだすことになった。多様な形式のミュージカルが作られる現在でも、実践と批評の双方において、言葉・音楽・ダンスの統合はミュージカルにおけるひとまずの基本だといえるだろう。
しかし、言葉と音楽とダンスが「統合されている」とは、いったいどのような状態なのだろうか。近年のミュージカル研究は、この「統合」という概念を疑い、あるいは捉えなおすことで大きな転換を迎えている。発表では、ミュージカルの上演史・研究史での「統合」の変遷と、言葉・音楽・ダンスを用いるジャンルであるミュージカルの特徴について考えたい。

藤原麻優子(ふじわら まゆこ)
早稲田大学演劇博物館招聘研究員。博士(文学)。専門はミュージカル、音楽劇。最近の論文に「「これはどんなミュージカルなの?」--メタミュージカル試論」(『西洋比較演劇研究』15-1)、批評に「「なんで歌っちゃったんだろう?」2.5次元ミュージカルとミュージカルの境界」(『ユリイカ』2015年4月増刊号)。

 

発表4 萩原健「ハイナー・ゲッベルスの〈Music Theatre〉」
「音楽劇」はおそらく、「音楽が伴う劇」「音楽が前面に立つ劇」と一般的には解されるが、「音楽化された劇」「音楽による劇」とも解しうる。そのように考えると、ドイツ語圏の場合、代表例として舞台作曲家出身のスイスの演出家、クリストフ・マルターラーの仕事が挙がるが、本発表ではもうひとつのラディカルな例として、ドイツの作曲家・演出家ハイナー・ゲッベルスの一連の作品群、特に〈Music Theatre〉の名で括られるそれらに注目する。
ゲッベルスの作品は、これまで日本公演はあった一方、日本語による研究ではまったくと言っていいほど追究されてこなかった。彼が1980年代から現在まで、繰り返し発表している、演奏会、演劇、サウンド・インスタレーション、あるいはその総合とも形容しうる、ジャンル分けのきわめて困難な一連の仕事について概観し、現代の音楽劇が示しうる多様な姿について、そしてそれを研究対象とした場合のアプローチについて考えたい。

萩原 健(はぎわら けん)
明治大学国際日本学部教授。現代ドイツ演劇および関連する日本の演劇。音楽劇関連の業績では、共著に『ステージ・ショウの時代』(2015)、『オペラ学の地平 総合舞台芸術への学際的アプローチ 2』(2009)、論文に「発酵する人々 マルターラー演出『巨大なるブッツバッハ村』が示す現代社会の悲哀」『演劇学論集 日本演劇学会紀要』57 (2013) ほか。

 

コメンテータープロフィール

丸本隆(まるもと たかし)
早稲田大学名誉教授。研究対象:ドイツ演劇、演劇制度、日欧比較演劇、(現在の重点は)オペラ/音楽劇。早稲田大学演劇博物館COE、オペラ/音楽劇研究所でオペラ研究プロジェクトを主宰(2002-2015)。関連著作:「ヴェルディとリソルジメント・オペラ」(『演劇学論集』日本演劇学会2014)。“A Song for Kingdoms: Takarazuka's Attempt to Adapt the Opera Aida.” Geilhorn, B., et al., eds. Enacting Culture. Munich, 2012。「”劇場監督”制度からみたドイツの公共劇場」(伊藤他編『公共劇場の10年』美学出版 2010)。『オペラ学の地平』(共編著、彩流社 2009)。“Opera Culture in Japan” Japan Spotlight. 2007。『演劇学のキーワーズ』(共編著、ぺりかん社 2007)。『初期オペラの研究』(編著、彩流社 2005)。„Das Frauen-Ensemble Takarazuka, seine Tradition und Gegenwart“(『演劇センター紀要』早稲田大学 2005)。『オペラの18世紀』(編著、彩流社 2003)。 

10月例会の案内

たいへん、ご案内が遅れて恐縮です。すでに7月の総会および9月例会のさいに日時ともお知らせしましたように、10月は英語による例会で、ドイツ語圏演劇についてのミニ・シンポジウムとなります。ミュンヒェン大学から気鋭の演劇学者を迎えての集会となりますので、皆様ぜひともご参加いただけますよう。

日時 2016年10月15日 14:00~18:00
場所 成城大学7号館1F 716教室
シンポジウム(仮題)  Aspects of Contemporary German-Language Theatre
発表
(1) Shinya Takahashi, "Theater System and Theater History in Germany since 1960's: Turn from Dramatic to Postdramatic Theater"                             
(1960年代以降のドイツの演劇システムと演劇史 - ドラマ演劇からポストドラマ演劇への転換
高橋慎也)

(2) Andreas Englhart, "Political Theatre Today? Postdramatic Theatre and/or New Realism in German-Language Contemporary Theatre"    
(政治演劇はいま? ― ポストドラマ演劇と(あるいはそれとも)ドイツ語圏現代演劇における新リアリズム  アンドレアス・エングルハルト)

(3) Yoshiteru Yamashita, "A 'Modoki' in the Contemporary German Theatre: Michael Thalheimer’s direction of Emilia- Galotti"
(現代ドイツ演劇における「もどき」 ― ミヒァエル・タールハイマーの『エミーリア・ガロッティ』演出  山下純照)

発表者紹介
高橋慎也(たかはし しんや)
中央大学文学部教授。専門はドイツ演劇、日独比較演劇。特に1990年代以降のポストドラマ演劇研究、ドイツ演劇システム研究、岡田利規研究。論文:「現代ドイツにおける『ハムレット』受容とポストドラマ演劇 : 『ハムレット』上演データ分析による受容動向」(中央大学紀要. 言語・文学・文化 116)。「近年のドイツ演劇上演データ分析 : ドラマ演劇からポストドラマ演劇への転換」(中央大学ドイツ文化 70)

アンドレアス・エングルハルト (Dr. Andreas Englhart)
ミュンヘン大学文化学部演劇学科講師。専門領域は19世紀から現代にいたるドイツ語圏演劇。バイエルン州立演劇アカデミー講師、俳優養成学校講師も兼任。ドイツ現代演劇における戯曲の役割を重視する立場から研究を行っている。ボート・シュトラウスに関する論文によって博士号を取得。ミュンヘン大学で教授資格を取得。主な著書:Einführung in die moderne Theaterwissenschaft (『現代演劇学入門』、共著), Einführung in das Werk Friedrich Schillers(『フリードリッヒ・シラー作品入門』), Das Theater der Gegenwart (『現在の演劇』), Junge Stücke. Junge Autorinnen und Autoren im Gegenwartstheater『若手作家作品集 現代演劇の若手作家たち』

山下純照 Prof. Yoshiteru Yamashita
成城大学教授。大阪大学大学院にてガダマーの『真理と方法』で修士号。その後ドイツ及び日本の近現代劇及び上演の研究。フリードリヒ・シラー、ハインリッヒ・フォン・クライスト、ブレヒト/ミュラー、ジョージ・タボーリ、鈴木忠志、野田秀樹、宮城聰らについて論文がある。現在の関心は1) 記憶の演劇の諸テーマ、2) 日本の伝統的美的概念の近現代演劇解釈への応用。

 

9月例会の案内

風の気配に秋を感じるこの頃、みなさまいかがお過ごしですか。9月例会の案内を差し上げます。とても興味味深い題目がそろいました。ぜひ足をお運びください。

日時 2016年9月24日(土) 14:00~18:00
場所 成城大学 7号館723教室
研究発表
舘野太朗「ページェントの展開―「江の島縁起ページェント」を例に―」
松田智穂子「国民を創る、女性を創る―Jean Smallのモダン・パジェントNana Yah(1980)」
日比野啓「素人演劇運動の「間隙」としてのミュージカル:能代ミュージカルを例として」

 発表要旨・発表者プロフィール

舘野太朗「ページェントの展開―「江の島縁起ページェント」を例に―」

 坪内逍遥のページェント実践は、1921年10月2日に陸軍戸山学校で文化事業研究会によって上演された「熱海町の為のページェント」の試演にとどまり、上演計画の相次ぐ中止と実働機関たる文化事業研究会の解散によって挫折に至った。しかし、逍遥の弟子を自認する人びとは、その後も逍遥の構想を実現させようとしてきた。
鎌倉市腰越に住んでいた演劇学者の飯塚友一郎は、片瀬青年団から海開きの趣向のアイデアを求められ、ページェントの開催を提案し、1937年から1940年まで江の島でページェントが上演された。この「江の島縁起ページェント」では、当地の伝説をモチーフとしたストーリーが現地住民と飯塚の指導していた日本大学の学生らによって演じられ、龍の作り物を使った練り物行列を組み込むなどの見た目本位の演出が試みられた。また、飯塚は音楽に当地の祭り囃子を用いたり、江島神社の神職に口上を述べさせたりした。逍遥はページェント実践の方策として「既存の祭礼及びそれに類似の行事を根本的に改造して、十分に現代化する事」を提案しており、飯塚は土地にもとからある祭礼や藝能を再構成することで「現代」に相応しい「祭礼」を作ろうとしていたのではないだろうか。本発表では「江の島縁起ページェント」を中心に、逍遥の後継者たちが試みたページェント実践の可能性と限界を検討したい。

舘野太朗(たちの たろう) 地役者(立役・敵役)、研究者(民俗藝能・日本藝能史)。1985年生まれ。2009年、筑波大学第二学群日本語・日本文化学類卒業。2012年、筑波大学大学院人文社会科学研究科国際地域研究専攻修了。修士(国際学)。論文は「地芝居の現在とその課題」(『筑波大学地域研究』34、2013)が入手しやすい。

松田智穂子「国民を創る、女性を創る―Jean Smallのモダン・パジェントNana Yah(1980)」

1900-40年代に世界各地で上演され、一大ブームを巻き起こしたモダン・パジェントは、第二次大戦前後にラジオやテレビの普及を受けて急速に廃れた。しかしながら、英語圏カリブ海地域では、モダン・パジェントの形式とコンセプトを踏襲する作品の上演の例が散発的に見られた。形式的には、観客を巻き込む、あるいは参加させる野外歴史劇であり、コンセプトとしては、観客の参加により、コミュニティの一致団結を強く促すという極めて政治的・社会的意味合いでの効果を狙っていた。
ジャマイカでコミュニティ演劇のコンセプトに則って活動するSistren Theatre Collective(姉妹演劇集団)が上演したJean Small作Nana Yahもまた、このようなモダン・パジェントの一つだった。本劇団は、識字率の低い労働者階級の女性の教育を目的に、10名の女性教師(多くは労働者階級出身)が中心となって1977年にアマチュア活動を開始し、議論、稽古、上演のプロセスを通して、同階級の女性が直面する様々な社会問題―貧困、失業、家庭内暴力、教育、医療、犯罪など―をテーマに取り組んでいる。本発表ではまず、このような特色を持つ活動を行うシストレン演劇集団が、Nana Yah上演において、すでに下火となっていたモダン・パジェントという形式をあえて踏襲することでいかなる効果をあげたかを述べる。次に、このようなモダン・パジェントの基本的な特徴を押さえつつ、Nana yahには、さらに①カリブ性―Storytellerの伝統― ②女性の焦点を当てるという二つの特徴がさらに付け加えられている点を明らかにする。

松田智穂子(まつだ ちほこ) 専修大学准教授。現在、北米および英語圏カリブ海地域の黒人コミュニティにおけるモダン・パジェントの上演に関心を寄せている。「「凱旋のジャマイカ」(1937年) : モダン・パジェントに見る多人種・多民族」2015年『専修大学人文科学研究所月報』278号、65-78頁

日比野啓「素人演劇運動の「間隙」としてのミュージカル:能代ミュージカルを例として」

能代ミュージカルは秋田県能代市で一九八〇年から始まり、二〇一六年までに三十五回の公演を行ってきた、息の長い市民ミュージカルだ。土地の伝説や名所を題材にした市民参加型のミュージカルとしては、一九七六年から始まり、現在まで続く遠野物語ファンタジー(岩手県遠野市)が先行する。しかしこれは「市民劇」という括りのもとで台詞劇も上演してきたので、ミュージカルと銘打って音楽劇のみを上演し続けてきた組織としては能代ミュージカルが国内で最も長く続いていることになる。
本発表では、能代ミュージカルや遠野物語ファンタジーをはじめとする、日本各地のコミュニティ・シアターが音楽劇上演に取り組んできた数々の事例を紹介することで、一九七〇年代後半以降、「ミュージカル」上演に対する根強い情熱が各所に見られたことをまず確認する。次に、コミュニティ・シアターが「ミュージカル」上演を次々と手がけてきた理由として(1)オペラやオペレッタのような高尚文化ではなく、アメリカン・ミュージカルが喚起するミドル・ブラウな志向(その「舶来」趣味も含めて)が好まれたこと(2)一九三〇〜四〇年代、国民劇創出の気運の(何度目かの)高まりとともにその一環として「素人演劇」の重要性が唱えられた際のモデルとなっていた新劇が、七〇年代後半以降その権威を失ったこと(3)新劇の文学性・非演劇性への異議申し立てとして登場し、その多くは音楽劇でもあったアングラ・小劇場がその「難解さ」ゆえに新劇に取って代わる新たなモデルになり損なったこと(4)七〇年代後半以降、左翼運動の退潮とともに「うたごえ」運動の政治性がかえって際立つようになり、「声をあわせて歌う」ことで共同性を獲得する契機が他に求められていたこと、の四点を挙げる。コミュニティ・シアターによる「ミュージカル」上演とは、各地の演劇・文化活動の歴史において生じた空白を埋めるようにして出てきた運動であり、「中央」の動向、すなわち東京における供給と需要の関係が生み出した一九六〇年代中葉の第一次ミュージカル・ブームや、一九八〇年代前半の第二次ミュージカル・ブームとは無関係に生じた現象であることを示したい。最後に、参加型アートが提示する社会包摂の理念を批判したクレア・ビショップ『人工地獄』への再反論として、アートの両義性や社会とアートの緊張関係のような、ビショップが依拠するブルジョア的芸術観に組み込むことができないような素人演劇の意義について考える。カントが『判断力批判』で示した美と崇高の区別を手掛かりに、素人演劇がもたらす崇高(そして道徳的善)こそがその本来の意義なのだというのが発表者の主張である。

日比野啓(ひびの けい) 成蹊大学文学部教授。演劇史・演劇理論。現在の関心は日本近現代演劇と合衆国の音楽劇。年度末に刊行予定の編著『戦後ミュージカルの展開』(仮題・森話社)と『アメリカン・レイバー』(仮題・彩流社)をはじめとする原稿執筆とその準備に追われ、気の休まることのない日々を現在送っている。

 

7月例会の案内/紀要投稿論文募集のお知らせ

何かと慌ただしく年に二度の「師走」があったかと思われるほどですが、そんなときこそ研究成果にひたる時間を確保していただきたく、ご案内します。(※文末に紀要投稿に関するお知らせがあります)

日時 2016年7月9日(土) 14:00~18:00
場所 成城大学 3号館312教室
研究発表
稲山玲「野田秀樹・潤色『真夏の夜の夢』における終末論的世界観」
星野高「東京のレヴュー1925 —1920年代ブロードウェイ・レヴューと日本の大衆演劇—」

発表要旨・発表者プロフィール

稲山玲「野田秀樹・潤色『真夏の夜の夢』における終末論的世界観」

野田秀樹は、1980年代後半~90年代初頭にかけてシェイクスピアの翻案作品を連続的に上演した。劇団・夢の遊眠社の解散直前、1992年8月に上演された『野田秀樹の真夏の夜の夢』(主催:東宝 会場:日生劇場)は、その最後を飾る作品である。
原作からの大きな改変点は、第一に舞台設定が日本に置き換えられている点、第二に悪魔メフィストフェレスが登場する点である。若者4人はそれぞれの板前、料亭の娘、煮方の娘に改変され、彼らが迷い込む森は富士の麓の「知られざる森」の麓に設定されている。その森に、パックになりすましたメフィストが侵入する。メフィストは負の感情を抱える人物と契約し、彼らが口にせず飲みこんだ呪いの言葉を糧に森を破滅に追い込もうとする。メフィストは森に「終末の危機」を持ちこむのである。
今回の発表では、この「終末論的世界観」に着目して本作の分析を試みる。当時、世紀末を目前に控えた日本では、『ノストラダムスの大予言』(五島勉 祥伝社 1973年)に代表される「終末」ブームが再び盛り上がりを見せていた。それはオカルトやアニメといったサブカルチャーの文脈で大衆的な興味と結び付き、膨大に消費されていた文化である。そうした社会的空気の中で、野田はシェイクスピア作品を日本に移入するにあたり「終末の危機」を付与し、またラストにおいてはその「終末の危機」に分かりやすい終わりもたらしてみせたのだ。本作の中で野田は「終末」をどのように描き出したか、また、「終末の危機」を打破するものとして何を打ち出したのか、明らかにしていきたい。

稲山玲(いなやま れい) 早稲田大学卒、明治大学大学院文学研究科・博士課程在籍中。研究テーマは野田秀樹を中心とした現代日本演劇。学会発表としてThe impact of Peter Brook’s A Midsummer Night’s Dream on the Japanese directors(IFTR 2014年)、『野田秀樹作『三代目、りちゃあど』における「国家元首」のイメージ形成』(日本演劇学会 2015年)他。

 

星野高「東京のレヴュー1925 —1920年代ブロードウェイ・レヴューと日本の大衆演劇—」

 1920年代のブロードウェイ・レヴューと日本の大衆演劇との関係については、これまであまり論じられていない。本発表ではまず、1925年の松旭斎天勝の帝劇興行とブロードウェイ・レヴューとの結びつきを明らかにする。その上で、それに関連した二つの公演を取り上げて、1920年代の日本の大衆演劇におけるブロードウェイ・レヴューの影響を考察する。
1925年6月、東京の帝国劇場で奇術師・松旭斎天勝の「帰朝記念興行」が行われた。このとき公演の呼び物となったのが「ジャズ演奏およびジャズ・ダンス」と短い劇が連続する「寸劇」だった。このうち、ジャズ・ダンスとして上演された「サム・ボデー・ラヴス・ミイ」が、前年のブロードウェイ・レヴュー「ジョージ・ホワイトのスキャンダルズ1924」で上演され、ヒットした、ジョージ・ガーシュインの「Somebody Loves Me」であり、寸劇として演じられた「自働電話室」「或る倶楽部」「二つが一つ」が、それぞれやはり前年のブロードウェイ・レヴュー「パッシング・ショウ1924」のなかの「The Telephone」「Some Club」「Two in One」である可能性が高い。天勝は、同時代的に、1920年代のブロードウェイ・レヴューを日本の舞台に持ち込んでいた。
こうした天勝とブロードウェイ・レヴューとの結びつきを踏まえて、当時の東京の演劇界を見わたすと、次の二つの公演が注目される。一つは同じ帝国劇場で、天勝の公演に続けて上演された益田太郎冠者の『高速度喜劇』であり、もう一つはやはり同じ1925年4月に浅草の観音劇場で行われた「高田雅夫・原せい子帰朝披露公演」の中の『ミュジカル・レヴュ』である。 
このあと、1920年代を通じて、天勝と高田、太郎冠者(および帝国劇場)と高田は、共に仕事をしていくことになる。
1925年の三つの公演を起点として、彼らが1920年代に示した活動の軌跡は、ブロードウェイ・レヴューに触発されたひとまとまりの動きとして、捉えられるのではないだろうか。

星野高(ほしの たかし) 近代日本演劇史研究者。明治大学大学院文学研究科演劇学専攻博士後期課程単位取得満期退学。2011〜13年、早稲田大学演劇博物館助手。現在、早稲田大学演劇博物館招聘研究員。論文:「〈銀座モダン〉の余香—女優森律子の生人形と三世安本亀八−−」(『日本人形玩具学会誌:かたち・あそび』第26号、日本人形玩具学会、2016)、「帝劇の時代—ヴァラエティ・シアターとしての大正期帝国劇場−−」(『商業演劇の光芒』所収、森話社、2014)。

★お知らせ★
分科会紀要『西洋比較演劇研究』への投稿を受け付け中です(投稿規定・執筆要領については下記、分科会HPをご覧ください)。
昨年度(2015年度)より、「論文」と「研究ノート」の二つの枠が設けられました。次号の投稿締切日は「2016年11月1日」です。過去の例会で発表された方を始め、多数の方々からの投稿をお待ちしています。
http://comparativetheatre.org/?page_id=11

5月例会の案内

日時 2016年5月14日(土) 14:00~18:00
場所 成城大学 3号館312教室
研究発表
杉山博昭「聖史劇の宗教画、宗教画の聖史劇
― ルネサンス期イタリアの眼差しが媒介する照応関係」
片山幹生「中世フランス演劇とは何か?
― フランス演劇史における中世の位置づけとその可能性について」

発表要旨・発表者プロフィール

杉山博昭「聖史劇の宗教画、宗教画の聖史劇
― ルネサンス期イタリアの眼差しが媒介する照応関係」

 古典劇の再生は、演劇史のみならず文化史における重要事項として、ルネサンスという運動の中心に位置したとみなされる。たしかに15世紀末のイタリア各地の宮廷において、古典劇は繰り返し上演されていた。じつは、このめざましい人文主義的成果に隠れて、ひそかに、しかし急激に制作機会を減らしていったもうひとつの演劇が存在する。それが聖史劇le sacre rappresentazioniである。とりわけ一度に3万人以上の見物客を集めた記録も伝わるフィレンツェ聖史劇は、出版ブーム到来前夜、15世紀ヨーロッパ最大のメディアと呼ぶことも可能だろう。
 他方、文化的、宗教的、政治的に興味深い考察対象であるにもかかわらず、聖史劇研究はながらく停滞を余儀なくされてきた。それはおもに資料的限界によるものである。その限界にたいして、発表者は文献学や社会史研究の方法論を参照しつつ、さらに同時代の図像資料に注目することで聖史劇再構成の展望を模索してきた。これは絵画と演劇を一方向の影響関係に縛りつける試みではなく、双方向の照応関係のもとに捉える試みである。つまり問題は「聖史劇の見物客が宗教画の鑑賞者になるとき、もしくはその逆のケースにおいて、いかに受容者の経験は想定されるのだろうか」ということになる。
 この問題を考えるべく、本発表では「受胎告知」「キリストの昇天」「聖霊降臨」という3つの主題に注目し、聖堂内でおおがかりな舞台装置を駆使した上演と同時代の図像資料を比較する。そのうえで「受胎告知の夜」「昇天の階梯」「聖霊の光熱」といった要素を検討し、演劇研究と美術史研究のあいだに広がる閾の可能性を提示したい。

杉山博昭(すぎやま・ひろあき)早稲田大学高等研究所助教
国際基督教大学教養学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。京都教育大学非常勤講師などを経て現職。専門は西洋演劇史、西洋美術史、表象文化論。著書に『ルネサンスの聖史劇』(中央公論新社、2013年、第5回表象文化論学会賞奨励賞)、論文に『パンとサイコロに賭けられるもの —— 聖史劇の聖別と瀆聖』(『表象』第10号、2016年)など。

 

片山幹生「中世フランス演劇とは何か?
― フランス演劇史における中世の位置づけとその可能性について」

 中世([英]Middle Ages、[仏]Moyen-Âge)とは古代と近代の「中間の時代」である。フランス演劇史においては、5世紀から15世紀にわたる中世の1000年間はほぼ空洞として扱われ、古代ギリシア・ローマと近代が直結しているかのように語られることは珍しくはない。中世フランス演劇は演劇史のなかで古代演劇とも近代演劇とも断絶した存在となっている。
 この発表では9世紀から16世紀にいたる中世演劇の諸ジャンルの見取り図を提示しその特質を示すことで、中世フランス演劇とはどのようなものであったかを明らかにしたい。また20世紀以降の演劇で中世演劇がどのように取り上げられたかを確認し、中世演劇が現代において持ちうる可能性について考えたい。
 中世演劇史は9世紀から14世紀までの前期と15・16世紀の後期の二つの時代に区分したほうがとらえやすいだろう。ヨーロッパで文献の上で、演劇的活動を確認することができるのは9世紀以降である。西洋演劇史では教会の典礼の枠組みのなかで発達した「典礼劇」をヨーロッパ演劇の源としている。初期中世演劇では「典礼劇」の他、修道院の学僧たちが古代ローマ劇を模倣して書いたラテン語劇がいくつか残っている。また13世紀の都市では、ジョングルールと呼ばれる芸人や兄弟会(コンフレリー)と呼ばれる互助組織が、多様な主題に基づく演劇作品を制作・上演した。しかしあらゆる文芸が口承によって伝えられ、演劇的状況で演じられていたこの時代には、演劇と他の語り物文芸の境界はしばしばあいまいであり、作品の数も多くはない。
 いわゆる中世フランス演劇が最も活動的だったのは15、16世紀である。この時代には町の広場などで上演された聖史劇(ミステール)、受難劇(パッション)、寓意道徳劇(モラリテ)、笑劇(ファルス)、阿呆劇(ソティ)、独白劇(モノローグ)などのさまざまな演劇ジャンルが花開いた。
しかしこれらの中世劇の諸ジャンルは16世紀後半の宗教戦争の頃には急速に衰えてしまう。スペイン喜劇、イタリアのコメディア・デラルテ、プレイヤッド派による人文主義演劇が17世紀のバロック演劇、古典主義演劇の成立に寄与するのに対し、フランス中世演劇の諸ジャンルの遺産は、笑劇を除いて、ほとんど次世代のフランス演劇に継承されることはなく、忘れ去られてしまった。
 17世紀から19世紀のあいだ、フランスでは中世劇の存在はほぼ忘却されていたが、19世紀になると文献学の発達により、作品の校訂が進展し、再びその存在が知られるようになった。20世紀に入ると中世劇の復活上演が行われたり、中世劇のスタイルを模倣した作品が発表されたりするようになった。今発表では、20世紀以降の中世劇のあり方、とらえ方についても言及する。

片山幹生(かたやま・みきお)
早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。パリ第10ナンテール大学DEA取得(フランス文学・比較文学)。早稲田大学、武蔵大学非常勤講師。専門は中世フランス文学およびフランス演劇。論文:「13世紀演劇テクストの流動性:初期フランス語演劇作品と語りものジャンル」『西洋比較演劇研究』(第10号)、p.45-58、2011年;「初期フランス語演劇作品写本の話者指示表記:演劇的パラ・テクストの確立とジャンルの受容の問題について」『西洋比較演劇研究』(第4号)、p.19-32,2005年。翻訳:C・トリオー/C・ビエ(著)、佐伯隆幸(日本語版監修)『演劇学の教科書』東京:国書刊行会、2009年。

 

4月例会の案内

日時 2016年4月9日(土)午後2時~6時
場所 成城大学3号館312教室
http://www.seijo.ac.jp/access/index.html
3号館は、正門から中庭に進んで左側の建物です。

総会 午後2時~4時
2015年度活動および会計報告、2016年度計画および予算などが議題になります。後半では、30周年記念行事をめぐるディスカッションをおこないます。

例会 午後4時15分~6時
講演 狩野良規 「映像と舞台中継の間――シェイクスピア史劇を題材にして」

*終了後、3号館1F学生ホールで懇親会があります。どうぞご参会ください。

講演 狩野良規 「映像と舞台中継の間――シェイクスピア史劇を題材にして」
2015年12月の例会シンポジウム「ライブ×メディア――演劇と映像の関係性をめぐって」に触発されて、しゃべってみる気になりました。ポイントは2つ。

1.舞台中継は平成になってから格段に技術的進歩をとげています。昔の舞台中継のイメージを持っている人たちの固定観念を揺さぶってみたい。
2.一口に映像といっても、最初から映画にする場合と舞台中継とでずいぶん違う。

 また、昨年のシンポジウムは包括的な議論でしたので、今回は材料を1つに絞り、ケース・スタディにします。演劇と映画の大きな違いのひとつはセリフ量にあると思います。そこでネタは“饒舌なる”シェイクスピア劇。沙翁のイングランド史劇の第2四部作、『リチャード二世』、『ヘンリー四世』第1部・第2部、『ヘンリー五世』をオールロケーション撮影によってテレビ番組化した『空ろな王冠』(BBC、2012年)と、同じ演目の舞台をロイヤル・シェイクスピア劇団(RSC)が映画館観賞用に配信した作品のDVD(除RSC『ヘンリー五世』)を見比べます。ナビゲーターのおしゃべり45分、DVDの鑑賞45分、質疑応答30分の予定(は未定)でいます。

  狩野良規(かのうよしき)
1956年、東京都生まれ。青山学院大学教授。専攻はイギリスおよびヨーロッパ文学・演劇学・映像論。著書に『シェイクスピア・オン・スクリーン』(三修社)、『スクリーンの中に英国が見える』(国書刊行会)、『ヨーロッパを知る50の映画』正・続(国書刊行会)、論文に「テューダー朝におけるバラ戦争観」、「BBCシェイクスピア覚書」など。



1月例会の案内

日時 2016年1月9日(土) 14:00~18:00

会場 成城大学7号館3F 733教室

研究発表
 藤原麻優子
 「2.5次元ミュージカルへのアプローチ」

 村井華代
 「ドラマ国家の未完のドラマ──イェホシュア・ソボル『シューティング・マグダ(パレスチナの女)』とイスラエル」

要旨・プロフィール
藤原麻優子 「2.5次元ミュージカルへのアプローチ」
要旨
近年、「2.5次元ミュージカル」と呼ばれる演劇ジャンルが人気を博している。「2.5次元ミュージカル」という名称について、2.5次元ミュージカル協会公式サイトには「2次元で描かれた漫画・アニメ・ゲームなどの世界を、舞台コンテンツとしてショー化したものの総称」とある。しかし、たとえば「ミュージカル版『デスノート』(2015年、日生劇場ほか)は2.5次元ミュージカルなのか」あるいは「宝塚歌劇は2.5次元なのか」という問いがあるように、2.5次元ミュージカルという名称の含意するところは一定のジャンルの作品を翻案した舞台というだけではない。そこで本発表では、これまでその商業的な側面や2.5次元性について着目されてきた2.5次元ミュージカルについて、ミュージカル研究の立場からのアプローチを試みる。多くのミュージカルが何かしらの原作を翻案したものであるとき、2.5次元ミュージカルと従来のミュージカルとでは何が、どのように異なるのか。本発表ではまず、漫画・アニメを原作とするミュージカルが2.5次元ミュージカルにいたるまでの変遷をたどる。次に、2.5 次元ミュージカルと称される舞台の特徴を分析する。そして、これらの特徴を従来のミュージカルと比較することで、2.5次元ミュージカルについて考察を行いたい。

プロフィール
早稲田大学第一文学部卒業後、同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。早稲田大学文学学術院演劇映像専修助手などを経て現在早稲田大学演劇博物館招聘研究員。


村井華代 「ドラマ国家の未完のドラマ ──イェホシュア・ソボル『シューティング・マグダ(パレスチナの女)』とイスラエル」

要旨
イェホシュア・ソボル(Yehoshua Sobol, 1939-)は、イスラエルの現代劇作家で最も世界に知られる存在である。日本でも1995 年6月、彼の『GHETTO/ゲットー』(イスラエル初演1984)が、ひょうご舞台芸術により上演されたことはつとに有名だ。ヴィルナ・ゲットーに実在したユダヤ人劇団を描いたその戯曲が、阪神大震災後の演劇人に対しても特別な意味を持ったことを、生々しく思い出す人も多いことだろう。
だが本発表では、『GHETTO』と共に広く知られる『シューティング・マグダ(パレスチナの女)』(Shooting Magda / The Palestinian Woman [Paletinait], 1985)を通じて、現代イスラエルの劇作家としてのソボルに目を転じたい。『GHETTO』ではユダヤ人評議会の存在が、ドラマをユダヤ受難劇ではなく生存することそれ自体のジレンマへと導いたが、『マグダ』では80年代の国民の一人であるアラブ人女性の視点から、実現したシオニズム的「夢」としての国家イスラエル像が「悪夢」となる様が描かれる。いわば、特定の視点からドラマ化されてきた現実が、ここでもその担い手たちによって解体されてゆくのだが、『マグダ』ではその過程がメタシアター的に露出している。
戯曲の舞台は、イスラエル国籍のアラブ人女性サミラの実体験に基づくTV映画を、ユダヤ系・アラブ系が混在するキャスト・スタッフで撮影しているスタジオ。締切直前であるにもかかわらず俳優たちの主張が入り乱れ、撮影は一向に進まない。ドラマはファルス的に混乱し、サミラと監督兼俳優ベネシュが共同で執筆したシナリオのラストは霧に包まれる。
国家イスラエルの成立という《ドラマ》は、ソボルによっていかに《完成しないドラマ》として解体されているか。イスラエルをテーマ化したいくつかの映画を導入として用いつつ、同国を代表する劇作家の批判的視点を読み解いてゆきたい。

プロフィール
西洋演劇理論。これまで現象学・神学・反演劇主義などの見地から、地域・時代を横断して演劇を論じる可能性を模索してきたが、2012年よりイスラエル演劇の研究に特化。共立女子大学文芸学部教授。
論文「S.アンスキ『ディブック』とユダヤ演劇の近代」『共立女子大学・共立女子短期大学総合文化研究所紀要』20号(2014)、「イスラエル/パレスチナ対立への演劇的アプローチ──『シルワンの孔雀』(2012) を中心に」同21号(2015)ほか


12月例会の案内

西洋比較演劇研究会12月例会シンポジウム「ライブ×メディア―演劇と映像の関係性を
めぐって」

2015年12月19日土曜日 14:00-18:00
会場 成城大学3号館 311教室 http://www.seijo.ac.jp/access/index.html

パネリスト:岡原正幸(慶應義塾大学)、辻佐保子(早稲田大学)、田ノ口誠悟(早稲田大学)
【司会】小菅隼人(慶應義塾大学)
コメンテーター:熊谷知子(明治大学)山下純照(成城大学)

 マクルーハンは、『メディア論』の副題を、 “The Extension of Man” 「人間の拡張」として、言語や数を始めとする人間の「発明した」あらゆる表現媒体を「メディア」ととらえ、それらの媒体による人間の拡張可能性を指摘しました。マクルーハンは、声や身振りといった生得的な身体の直接表現と「メディア」を対置的なコミュニケーションと捉えており、前者が使われる部族社会(Tribal Society)を「メディア以前」の社会としています。マクルーハンの用語法を援用すれば、通常我々がイメージしている劇場はメディア以前の共同体ということになるでしょう。これまで、演劇には、ごく当たり前のように、「舞台は生物(なまもの)」、「実演の魔力」、「俳優のエネルギー」と言った神秘化が付され、演劇は、舞台上の身体と観客席の身体が同一の場に存在し、「直接的に」伝達される芸術とされてきました。
 まず、ここで問題になるのは、俳優の「エネルギー」の支配が及ぶ範囲はどこまでか、という問題でしょう。マクルーハンの議論によれば、メディアに依らずに伝達できる範囲ということになるかもしれません。しかし、同じ時間、同じ場所に存在していても、つまり現前していても、現前効果が非常に薄い場合もあるでしょう。たとえば野球の試合において、外野席の一番後ろで見る野球体験と、テレビでアップやプレーの再現を交えながらで観る場合とどちらが現前効果はあるのでしょうか?
 次に、時間的な差異は現前/現前効果という点からどのように考えたらいいのでしょうか? 2006年、ロンドンのパラディアム劇場で初演された『ロンドン・パラディアム劇場のシナトラ』では、スクリーンの中のフランク・シナトラ(1915‐1998)は、自らの生涯を語り、実際のオーケストラの演奏にシンクロして歌います。スクリーンの前では実在の20人のダンサーが踊り、時にはスクリーンを出入りします。パラディウム劇場はシナトラが1950年にイギリス・デビューを果たしたまさにその場所です。シナトラはすでに亡くなっていますので、ライブ・パーフォーマンスでありながら、このショーでは主演俳優がスクリーンの中にしか登場しません。このイベントは、ライブ・パーフォーマンスという観点からどのように位置づけられるのでしょうか?舞台上のダンサーと映像の中のシナトラは、存在論的にどのような違いがあるのでしょうか?シナトラの現前効果はシナトラの現前を実現しないのでしょうか?
 さらに、私たちは、演劇を論じる場合、多くの場合映像を利用しますが、それは、厳密な意味で演劇研究とは言えないのでしょうか?慶應義塾大学アートセンター土方巽アーカイブには、1986年に亡くなった土方の資料(主として映像)を求めて、ほぼ毎日のように、海外から研究者やダンサーが訪れます。一方、現在50歳代以上の中には、土方巽と一緒に活動をした研究者・ダンサーが残っています。映像でしか土方を知らない世代の研究者は、実際に土方巽の舞台経験のある研究者には、何らかの意味でも、及ばないのでしょうか?
 パネリストの方々には司会者から3つの問いかけをしてあります。①演劇のメディアによるライブ性の拡張可能性をどこまで認めるか、②メディア化された演劇映像にどのような可能性と限界があるか、③メディア化された演劇映像を研究材料として使う場合にどのような問題があるのか。各報告者には、上記3つの問いに対する答えを織り込んでいただき、それぞれのご専門の具体例を1~3例ほど示してくれるように依頼してあります。シンポジウムでは、最初に私が若干の趣旨説明をした後、まず、パネリストに各25分以内で報告をしていただき、その後、パネリスト間のダイアローグを行い、休憩にします。その後、コメンテーターの発言に続いて、ダイアローグをフロアに開きたいと思います。多分演劇体験の根本にも及ぶであろうこの大きな問題を、皆様と一緒に考えたいと思います。 (小菅隼人)

●岡原正幸(慶應義塾大学)
「パフォーマティヴ・ターン以後の認識実践」

 社会学的な認識実践の歴史において、個人・身体・主体の系と、社会・役割・システムの系は長きにわたって、主人公の役を互いに奪い合ってきた。1980年代以降、両者の調停は幾度となく繰り返され、純粋な社会理論の次元では主人公を分け合っている現状である。他方、生きられる経験を主軸として身体性に着目する認識実践が90年代以降登場する。今回の私のトークでは、専門としてきた社会学実践の動きを参照しながら、演劇という出来事における「ライブ×メディア」の問題を考えたい。デリダが西欧哲学の流れで批判した現前の形而上学、それと同型の経験構造は近代社会の成り立ちの根幹にもあり、私たちの日常意識を形成するものでもある。およそあらゆる社会制度は、芸術も文学も演劇も、この形而上学を「事実」として受容することで、あるいはそれを日々実践的に再生産(パフォーマンス)することで運営されてきた。演劇学や社会学という研究実践、認識実践もその例外ではない、この点に注目しながら、司会者の問いかけに答えられたらと思う。

【プロフィール】
岡原正幸(おかはらまさゆき)
慶應義塾大学文学部(社会学専攻)教授。慶應義塾大学経済学部卒業。ミュンヘン大学演劇学専攻。慶應義塾大学社会学研究科博士課程修了。ハンブルク大学パフォーマンス・スタディーズセンター客員研究員。専門は、感情社会学、障害学、アートベース・リサーチ、パフォーマンス・エスノグラフィなど、著作としては『感情を生きる ~パフォーマティブ社会学へ』(慶應義塾大学出版会、2014年)『感情資本主義に生まれて ~感情と身体の新たな地平を模索する』(慶應義塾大学出版会、2013年)『生の技法 ~家と施設を出て暮らす障害者の社会学』(第3版文庫版 生活書院、2012年)『黒板とワイン ~もうひとつの学び場「三田の家」』(慶應義塾大学出版会、2010年)『ホモ・アフェクトス ~感情社会学的に自己表現する』(世界思想社、1998年)などがある。

●辻佐保子(早稲田大学)
「ベティ・コムデン&アドルフ・グリーン作品における複製メディアの機能とその変容についての考察? ブロードウェイ・ミュージカルに生じた『ライブ×メディア』の転換を背景として」

 ブロードウェイ・ミュージカルにおけるライブ・パフォーマンスと複製メディアとの関係は、1960年代後半から1970年代にかけて、大きく変化していく。ロック・ミュージカルの勃興を皮切りに、電子サウンドが本格的に取り込まれ、劇場へのスピーカー設置が進行し、マイクの使用も常態となる。複製メディアの導入によって、ブロードウェイ・ミュージカルにおける「ライブ×メディア」のあり方やライブ性という概念はどのように変容や再検討が迫られたのだろうか。
 本発表では、脚本家・作詞家のベティ・コムデン&アドルフ・グリーンに光をあて、作中に登場する複製メディアの機能分析を通して、「ライブ×メディア」を巡る時流の変化に際した同時代的な反応を浮き彫りにすることを目指す。具体的には、『フェイド・アウト ? フェイド・イン』(1964)、『アプローズ』(1970)、『雨に唄えば』(1985)を取り上げて、身体性の強調から、現前する身体の「正統性(オーセンティシティ)」の相対化と強化へと複製メディアの機能が変化し、併せてライブ・パフォーマンスとしてのあり方が問い直されていることを、上述の時流の変化との結びつきを指摘しながら明らかにする。(なお発表では触れないものの、当該時期には上演映像のアーカイブ化やトニー賞授賞式のテレビ放送も開始する。可能であれば、演劇映像を巡る可能性や限界、諸問題は発表後のダイアローグで触れたい)

【プロフィール】
辻佐保子(つじさほこ)
早稲田大学文学研究科助手・博士後期課程在籍。専門はアメリカン・ミュージカルとミュージカル映画。論文:「ミュージカル『特急二十世紀号に乗って』における楽曲の機能 - スクリューボール・コメディからの翻案という背景を踏まえて」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』(2014年、59号第3輯)「電話・俳優・「パフォーマティブ」な演劇のモード - ミュージカル『ベルがなっている』論」『表象・メディア研究』(2013年、3号)、「"Time is Precious Stuff" - ミュージカル『オン・ザ・タウン』における時間表象についての考察」『演劇映像学』(2013年)

●田ノ口誠悟(早稲田大学)
「近現代演劇における「ライブ性」を拡張した諸表現について―フランスの例を中心に」

 本シンポジウム「ライブ×メディア―演劇と映像の関係性をめぐって」は、「芸術作品」としての演劇を長らく条件づけてきた「ライブ性」「現前性」という美的概念を相対化し、これまでの演劇を見直してみようとするものといえる。インターネットの発達によって「劇場にいない観客(ウェブカメラの向こうの観客)」という現象が生じ、なにを持って演劇体験とするかが問題となっているのである。
 私は、この問題提起について、特にフランス近現代演劇を例にして考えてみたい。まず、「演劇はライブの芸術である」という視点が比較的最近批評家の間で生まれた美学の一つに過ぎないことを指摘する。そのうえで、「ライブとしての演劇」という視点からはみ出る(それゆえ従来の演劇史においてはさほど尊重されなかった)事例をいくつか紹介する。考えてみれば、アルフレッド・ド・ミュッセの「肘掛け椅子の演劇」からステファン・ケーギの「携帯電話の演劇」まで、欧米においては実に多くの演劇人がさまざまなメディアを使って演劇のライブ性の範囲を広げてきたのである。

【プロフィール】
田ノ口誠悟(たのくちせいご)
早稲田大学大学院文学研究科博士課程在籍。専門:二十世紀フランス演劇、主な論文:「演劇とデモクラシー――政治的言論生産装置としてのジャン・ジロドゥ『ジークフリート』」、『フランス語フランス文学研究』(日本フランス語フランス文学会)103号

◆上記の内容はこちらからPDFでもダウンロードできます。

 こちらの参考資料もご覧ください。


10月例会の案内

後期最初の例会を以下の日程で行います。
若手研究者によるシンポジウムです。ぜひ奮ってご参加ください。

日時:2015年10月10日(土)14:00?18:00
会場:成城大学 3号館 1F  312教室 http://www.seijo.ac.jp/access/index.html
内容:シンポジウム「演劇の近代化と俳優術の変容」

1. 新沼 智之
  「西洋演劇における演技の近代化の変遷」
2. 奥 香織
   「タルマの舞台実践にみる俳優術の変容とフランス演劇の近代化」
3. 村島 彩加
  「明治・大正期の日本演劇における狂気の表現-演劇写真を手掛かりとした一考察-」

コメンテーター:神山彰
司会:山下純照

【趣旨】
 近代演劇は19世紀末、リアリズムや自然主義の文脈あるいはその影響下で成立する。一つの美学的・芸術的視点によって舞台を統一しようとする意志のもと、演出家が登場するのもまたこの時代である。しかしながらこれらの事象は突然現れたものではない。その萌芽が、例えば18世紀の市民劇やディドロの理論にみられることは知られているが、実践の場においてもまた、前段階としてさまざまな試みが行われていた。例えばドイツでは、エクホーフやイフラントの演技や劇団統制がアンサンブル演技に先立つものとして存在する。フランスでは、18世紀中葉から、より自然な朗唱、物語の世界に即した衣装が探求され始める。一方、日本演劇においても、近代以降の俳優の表現方法に見られる変容の萌芽は、前近代に見出すことが可能である。しかし、それが近代以降にどのように実現されていったのかは、当時の文脈をふまえた上で、「前近代」の表現方法との比較をすることで、真に明らかにすることができると考えられる。
 演劇史をあくまでも流れとして捉える中で、近代演劇もまた固定したものではなく、継続的な変化を遂げながら、しかしそれでいて何らかのイメージをもって演劇の在り方を把握するための道具概念として理解され得る。それによって、例えばポストモダンへの眼差しが可能になるわけであるが、本シンポジウムでは逆に近代演劇というゴールを設定してみることで、それ以前の演劇史がどのように描き出されるかを、ドイツ、フランス、日本を主たる研究対象とする三名が、演技を中心に考えてみたい。時にないがしろにされがちな「前近代」をしっかりと把握することは、近代演劇へと新たな眼差しを向ける機会ともなるのではないか。

【発表1】
発表者:新沼 智之
題目:「西洋演劇における演技の近代化の変遷」

発表要旨
「アンサンブル演技」は西洋演劇の近代化における演技のあり方の一つの到達点と言えるだろう。本発表では、18世紀半ばにまでさかのぼり、そこから19世紀末に完成する「アンサンブル演技」をゴール地点として、演技の近代化の変遷を概観したい。そこで、発表者が主張したいことは、「アンサンブル演技」が完成するまでに4つの段階を経たということである。
第1段階は、古典主義から市民劇への移行における劇作上の変化である。18世紀の半ばに登場した散文の市民劇では、ト書きが多く書き込まれるようになり、俳優はそれを身振り・表情を使って演じることが要求されるようになる。そしてそれはすぐさま、戯曲に書き込まれていない身振り・表情が俳優主導で増大していくという第2段階に入る。 ここで取り上げたいのが、対話者の台詞を「聞く演技」である。さらに、その「聞く演技」が拡張するかたちで第3段階に至る。すなわち、集団演技への意識が生まれる段階である。ここで「アンサンブル演技」という演技のあり方がはっきりと目指されるようになっていく。その主導的役割を担ったのがザクセン=マイニンゲン劇団であるのは言うまでもない。そして最後の第4段階として、スタニスラフスキーのモスクワ芸術座を挙げねばならない(ただ、それはそれまで定着してこなかった、以上に列挙してきたことがらを徹底的に実践し根付かせたとまとめることができ、歴史的には極めて重要なことではあるが、いわば質的向上にすぎないと言えるので、今回は―― もちろん念頭には置くが――特に深入りはしないことにする)。

プロフィール
 明治大学ほか非常勤講師。研究テーマはドイツを中心とする西洋演劇の近代化のプロ
セス。論文に「A.W.イフラントが目指した舞台づくり――視覚的要素の問題を中心
に」『演劇の課題2』(三恵社、2015年)、「18 世紀後半のドイツにおけるアンサン
ブル演技理念の萌芽と劇団規則」『西洋比較演劇研究』(Vol.12 No.2、2013年)ほか


【発表2】
発表者:奥 香織
題目:「タルマの舞台実践にみる俳優術の変容とフランス演劇の近代化」

発表要旨
   フランスでは、特に18世紀後半以降、演劇の近代化が進む。舞台上の客席の廃止によって演技空間が広がり、上演に求められるスペクタクル性も変容していく。こうした中で登場する俳優タルマは、一世代前からルカンやクレロンによって試みられてきた衣装や演技(朗唱)の改革を土台とし、実践面におけるさらなる改革を試みる。
 タルマは衣装を史実に基づいたものにしようと努め、朗唱から約束事を排除することで、舞台の 「リアリズム」を探求する。しかしながら、「自然さle naturel」という語を用いて表現される演技は、絵画や版画、同時代人の証言を参照すると、実際には様式化され、誇張されたものである。また、改革の試みは基本的に古典悲劇の枠内で行われ、演劇観の根底にあるものも伝統的な模倣観である。これらの点には伝統と革新の間で揺れ動く俳優の姿が見受けられるが、この両義性にこそ、近代化の過程にあるフランス演劇の在り方、古典主義的な上演空間から逸脱しようとする姿を見出すことができるのではないか。
 本発表では、舞台の近代化という観点から重要であるタルマの試みに光をあて、伝統的な部分、革新的な部分を浮き彫りにしつつ、タルマが求めた「リアリズム」、彼自身が強調した「自然さ」とはいかなるものであったのかを明らかにしたい。改革を可能にした社会背景、当時の思想との関係も検討したいと考えている。

プロフィール
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得退学、パリ第4大学博士課程修了。現在、日
本学術振興会特別研究員、早稲田大学ほか非常勤講師。専門はフランスの舞台芸術、日
仏演劇交流。現在の主な研究対象は18世紀フランスの舞台実践、演劇美学。論文:「マ
リヴォーにおける「露呈」の演劇性」(『日仏国際シンポジウム 演劇と演劇性』、早
稲田大学演劇映像学連携研究拠点、2014)、「ルサージュの初期作品にみるアルルカン
の表象」(『西洋比較演劇研究』 Vol.14 No.2、西洋比較演劇研究会、2015)など。

【発表3】
発表者:村島 彩加
題目:「明治・大正期の日本演劇における狂気の表現-演劇写真を手掛かりとした一考
察-」

発表要旨
明治30年代後半、俳優の演技において「表情」の重要性を指摘する声が高まるのと同時期に、演劇写真においても、俳優の「表情」をとらえることに眼目を置いた写真が撮影されるようになる。本報告では、それらの写真の中でも「狂気」の表情をとらえたものに注目する。
当該時期に「狂気」の表情を捉えた写真が目につくようになる背景には、それをモティーフとした作品の上演があることは言うまでもない。近代以前より、日本演劇において「狂気」は重要な モティーフであったが、その表現には定型、約束事があった。しかし、明治維新以降、心理学・精神科学の隆盛とともに、一般社会における「狂気」の概念が変化し、「狂人」とされる者の扱いには変化が起こっていた。そうした時流の中で、俳優たちは「狂気」をどのように表現しようとしたのか。
本報告では、五代目尾上菊五郎とその息子である六代目が共に扮した『水天宮利生深川』船津幸兵衛役における狂気の表現の工夫の違いや、帝劇女優・森律子が扮した『遺伝』(益田太郎冠者作)おかよ役の役作りを例に考察すると共に、近代以前・以後で劇作家(狂言作者)たちが「狂気」をどのように描いたのかという相違点も、複数の作品を挙げて検証し、その表象の一環として、演劇写真がどのような役割を果たしたのかも併せて考察したい。

プロフィール
 明治大学大学院文学研究科演劇学先行単位取得退学。現在、日本学術振興会特別研究
員(PD)、明治大学兼任講師。専門は近代日本演劇(演劇写真、歌舞伎の近代化、宝塚
)。最近の論考に「七代目松本幸四郎の「変相」研究とその周辺―舞台化粧指南書Maki
ng Upからの影響を中心に―」『西洋比較演劇研究』Vol.11 No.2(日本語版、2012)、
「近代歌舞伎と宝塚歌劇の交流」『歌舞伎と宝塚歌劇―相反する、密なる百年―』(開
成出版、2014)、「演劇写真研究の泰斗・安部豊の仕事―その成果と活用をめぐって―
」『演劇の課題2』(三恵社、2015)がある。

7月例会の案内/紀要投稿の案内

学期末のたいへん忙しい時期ではありますが、演劇・舞踊研究のフロンティアへ、どうぞ多数の方が足をお運びくださいますよう、お待ちしています。 ※紀要投稿についてはこの記事の末尾に案内がございます。

日時 2015年7月18日(土) 14:00~18:00
場所 成城大学 3号館3F大会議室


研究発表
川野惠子(14:00~15:55)
「近世フランス舞踊論(メネストリエ、カユザック、ノヴェール)における劇的バレエ作品概念の変遷――デッサンからアクシオンへ」
松田智穂子(16:05~18:00)
「ブラック・ナショナリズムとモダン・パジェント―W.E.B.デュボイスにみる」

要旨・プロフィール
川野惠子「近世フランス舞踊論(メネストリエ、カユザック、ノヴェール)における劇的バレエ作品概念の変遷――デッサンからアクシオンへ」
要旨:
18世紀バレエ・ダクシオン運動の嚆矢と位置づけられるJ.-G.ノヴェールの著作『舞踊とバレエについての手紙』(1760)について、昨今の研究は17世紀にC.-F.メネストリエが著した舞踊理論書『劇の諸規則にしたがう新旧のバレエについて』(1682)からの借用の問題を指摘する。これまで18世紀バレエ・ダクシオン運動内における理論上、あるいは実践上の違いについて多くの研究がなされてきたが、この指摘は17世紀古典主義時代における劇的バレエ作品概念と18世紀のバレエ・ダクシオン運動との共通点、及び相違点を考察することが今後の重要な研究課題であることを示しているといえよう。そこで本発表はメネストリエ、カユザック(『新旧の舞踊、あるいは舞踊の歴史的論説』1754年)、ノヴェールによる舞踊論について考察し、近世フランス舞踊論における劇的バレエ作品概念の変遷を明らかにすることを目的とする。
メネストリエはバレエ固有の制作諸規則として「構想の統一(unité de dessein)」を指摘する。これは選択する題材に資するあらゆるものを枚挙し、作品を成立させようとする制作諸規則であり、もっぱら制作上の統一性を問題とする。一方18世紀のカユザック、およびノヴェールはダンス・アン・アクシオン(danse en action)といって劇的バレエ作品における筋/アクシオンの問題を重視する。カユザックはこれを筋の継起的統一性において、ノヴェールはより瞬間的な場面の統一性において追求する。ただしこれらは制作上の統一性というより、観客の関心における統一性の問題であることが重要である。つまり、18世紀バレエ・ダクシオン運動は観客の関心を作品制作の重要な原理に据え、この点が古典主義時代とは異なるバレエ・ダクシオン運動の劇的バレエ作品概念の特色といえよう。


プロフィール:
(かわの・けいこ) 大阪大学大学院文学研究科博士課程。日本学術振興会特別研究員(DC2)。専門は美学、近世フランス舞踊論。論文:「J.-G.ノヴェール『手紙』(1760)における舞踊の語り――アクシオン概念の検討を軸に」『美學』242号(美学会、2013年)、167~178頁。「J.-G.ノヴェール『手紙』(1760)における独創性概念――自然としての個別的身体」『芸術学』第18号(三田芸術学会、2014年)、52~66頁。

 

松田智穂子「ブラック・ナショナリズムとモダン・パジェント―W.E.B.デュボイスにみる」
要旨:
ヨーロッパ中世から早期近代に頻繁に上演されたパジェントは、1905年にルイス・ナポレオン・パーカーが英国で「民衆劇」を上演したことをきっかけに復活し、爾来世界各地へ広がった。米国には早くも1908年に伝わり、瞬く間に全米主要都市で行われたるようになる。英国では階級間の軋轢の解消が重視されたが、米国では移民融合がパジェントの重要なテーマとなり、社会および芸術の改革運動、そして歴史を描くことを通じて共同体意識を生成する運動として発展した。
20世紀米国で活躍した黒人社会学者・活動家W.E.B.デュボイス(1868年-1963)は、こうした米国式パジェントが概してアングロ・アメリカン中心の内容、活動だった点を指摘し、ブラック・ナショナリストの観点から自らパジェント作品を執筆・制作した。米国の黒人コミュニティに働きかけ、さらには白人世界に対して、黒人の感受性をアピールするためである。
黒人初のパジェントとされるThe Star of Ethiopia(1915年初演、その後4度再演)では、デュボイスはエチオピアニズムに傾倒し、米国黒人のルーツと人種的誇りの拠り所をアフリカの神話的なイメージに求めた。しかしながら、1932年に発表されたGeorge Washington and Black Folkでは、白人中心主義的な米国の正史、つまり近代国家・米国の創世神話の中に黒人の存在と活躍を書き加えようとした。本発表では、これらのパジェント作品は、デュボイスが生涯追究しつづけた米国黒人の「二重意識」にひとつの解消法を提示していたことを明らかにする。


プロフィール:
(まつだ・ちほこ) 2011年、一橋大学言語社会研究科より博士号取得。現在、専修大学経済学部専任講師。専門は20世紀以降の英米および英語圏カリブ海地域の演劇および演劇文化。
論文:“ ‘Her Breathing… fills the Lungs of the Theatre’: A Woman on a Caribbean Stage in Derek Walcott’s A Branch of the Blue Nile (1983). ” (Dorsia Smith, et al. Critical Perspectives on Caribbean Literature and Culture.New Castle: Cambridge Scholars Publishing, 2010.)、 “Derek Walcott: A Caribbean ‘National Theatre’ vs. Neo-Colonialist Tourism” (Comparative Theatre Review Vol. 13, No. 1, 2014.)

 

*質疑応答の活発化のため、発表者にあらかじめ基本的な先行研究ないし参照文献をご教示いただいています。お二方が上げてくださった文献を記します。
川野氏(再掲):
Laura Carones, “Noverre and Angioloni: polemical Letters”, in: Dance Reseach, vol. V. no.1, Spring (Edinburgh University Press, 1987), pp.42-54.
譲原晶子「メネストリエのバレエ理論からみたノヴェール――『舞踊とバレエについての手紙』(1760)における借用を巡って――」『美學』244号(美学会、2014年)、121~132頁。

松田氏:
モダン・パジェントの基礎知識について
https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/handle/2065/31506

【紀要投稿についてのご案内】
分科会紀要『西洋比較演劇研究』の新しい投稿規定・執筆要領が分科会HPにアップロー
ドされています。今年度(2015年度)より、「論文」と「研究ノート」の二つの枠が設
けられました。次号の投稿締切日は「2015年11月1日」です。過去の例会で発表された
方を始め、多数の方々からの投稿をお待ちしています。
http://comparativetheatre.org/?page_id=11

  
5月例会の案内

日時 2015年5月16日(土)14:00-18:00
場所 成城大学3号館3F 大会議室 http://www.seijo.ac.jp/access/index.html

今回は紀要『西洋比較演劇研究』について、最新号の論文合評と、「Vols.11-14 を振り返る」の二本立てとなります。

1『西洋比較演劇研究』Vol.14 合評会 14:00- 16:00

本会紀要『西洋比較演劇研究』第14巻第1号(英語)・第2号(日本語)に掲載された論文の合評会です。これまでも同様の合評会を何度か行なって参りました。紀要がウェブ上公開となってからは、2回目となります。それぞれ内容を要約することなく、ただちに各30分ほどの質疑応答をおこないたいと思います。ご参会予定の方は、ぜひともリンク先からPDFファイルをダウンロードして論文を読んでおいでください。

『西洋比較演劇研究会』第14巻第1号
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/ctr/14/1/_contents
『西洋比較演劇研究会』第14巻第2号
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/ctr/14/2/_contents

全体司会:萩原健

Fumio Amano, "Zeami’s Poetics as Manifested in T?ru"
討論者: 毛利三彌

Akihiro Odanaka, "Revenge and the Marketplace: A Study of Chikamatsu Hanji’s Travel Game while Crossing Iga"
討論者:井上優

奧香織「ルサージュの初期作品にみるアルルカンの表象」
討論者:安田比呂志

鈴木美穂「憑依のダイナミックス??演劇論としてのキャリル・チャーチル『小鳥が口一杯』」
討論者:小菅隼人

2「『西洋比較演劇研究』Vols.11-14 を振り返る」 16:15-18:00

次号より編集部の交代を控え、電子化・ウェブ上公開をはたした11号(2011年)からの内容や編集方針についての検討を行います。

司会:小田中章浩
討論者:山下純照、日比野啓


4月例会・総会の案内

日時 2015年4月11日(土)午後2時~6時

場所 成城大学3号館3F
http://www.seijo.ac.jp/access/index.html
3号館は、正門から中庭に進んで左側の建物です。

総会 午後2時~3時

運営委員の一部交代、2014年度活動および会計報告、2015年度計画および予算などが議
題となります。

例会 午後3時15分~6時

講演1 小菅隼人「PSi #21 Fluid States 2015 Tohokuの開催について」

講演2 山下純照「PS=パフォーマンス・スタディーズを意識した演劇研究の可能性」

 *終了後、懇親会を行います。どうぞご参会ください。

1月例会案内

気鋭の若手、充実の中堅による発表3本です。
いつもと時間帯が異なりますのでご注意ください。

日時 2015年1月10日(土) 13:30~18:30
会場 成城大学7号館 731教室
研究発表
1 關智子 (発表13:30~14:20、質疑応答14:20~15:10)
2 大浦龍一(発表15:20~16:10、質疑応答16:10~16:50)
3 譲原晶子(発表17:00~17:50、質疑応答17:50~18:30)

研究発表1 關智子:
挑発のドラマトゥルギー:サラ・ケインの戯曲に通底する「演劇性」

発表要旨
サラ・ケインは90年代のイギリスを代表する劇作家である。1991年の処女作発表から99年に自殺するまでの9年間の間に8本の戯曲を遺しており、彼女の作家人生の短さにもかかわらず、それらの形式は大きく変化している。
既に個々の作品については多くの分析がなされており、またそれぞれの相違についてはしばしば指摘されるものの、何がケインの作品すべてに共通しており、それがどのように重要であるのかということについての研究はいまだ不十分だと言わざるを得ない。
そこで本発表ではケイン作品のドラマトゥルギーに焦点を当て、その核の抽出を試みる。

具体的には、最初期のモノローグ作品集『病』(未出版)から遺作『4時48分サイコシス』までの戯曲をいくつかの視点から分析し、それらに通底するケインの問題意識について考察する。この分析により、ケインの作品を貫いているのは観客に対するなんらかの働きかけであることがわかり、さらにこの観客への指向性こそが、(特に後期の)およそ上演を前提としているとは思われないテクストでさえも、演劇のために書かれたテクストであることを保証していると考えられる。そしてこのことから、まったく別種であるように思われる「イン・ヤー・フェイス演劇」と「ポストドラマ的」なテクストの間に共通点を見出すことができるだろう。

以上のように本研究は、ケインの作品の根底には常に観客を目指す工夫があることを指摘し、またケインのドラマトゥルギー分析によって90年代以降の英戯曲に見られる大きな変化を理解する手がかりを得ることを試みるものである。

【プロフィール】
關 智子(せき・ともこ)
日本学術振興会特別研究員(DC2)。早稲田大学大学院文学研究科博士課程。専門は90年代以降のイギリス戯曲。国際演劇評論家協会会員、演劇批評ウェブマガジン「シアターアーツ」編集部員。「不在の登場人物と創造=想像力のメカニズム―マーティン・クリンプ『彼女の生に対する試み』論―」(『演劇学論集日本演劇学会紀要57』、2013年)、『ポストドラマ時代の創造力』(藤井慎太郎監修、白水社、2013年、編集補佐)他。

研究発表2 大浦龍一:
松居松葉とバーナード・ショー ―文芸協会公演『二十世紀』を中心に―

発表要旨
バーナード・ショーが1895年12月から翌96年5月にかけて執筆した7作目の戯曲You Never Can Tellは、1899年11月にthe Stage Societyによって初演された。しかし、この作品は本来商業劇場での上演を目論んで書かれたものだが、実現しなかった。この作品が世間的に注目されるようになったのは、1906年のグランヴィル・バーカーによるコート座での上演であった。バーカーは興行師ヴェドレンと組んで1904年から1907年にかけてコート座で商業劇場では上演の機会の少ない作品の連続上演を行っていた。合計32作のうち11作がショーのものだった。このコート座でのYou Never Can Tell上演の観客席に二代目左団次と外遊中の松居松葉の姿があった。

それから6年後の1912年11月、松葉は文芸協会の有楽座公演ためにYou Never Can Tellを『二十世紀』という題で翻訳し、自身で演出した。実はこれは彼が手がけた最初のバーナード・ショー作品ではなく、すでに同年6月に『運命の人』The Man of Destinyの演出をしていた。しかし、そのときの翻訳は楠山正雄であり、協会の試演場での試演であった。そして、『二十世紀』は一幕物の『運命の人』と異なり、四幕の本格喜劇であった。また、松葉の演出による最初の文芸協会公演であった。

松葉にとっては、彼が吸収してきた英国エドワード朝演劇のエッセンスを発揮できる機会だったはずだ。ところが、当時の劇評を読むとあまり芳しいとはいえない。文芸協会内部での坪内逍遥
派と島村抱月派の対立などの裏事情も含め、この公演の問題点を考察したい。

【プロフィール】
大浦 龍一(おおうら・りゅういち)
明治大学文学研究科博士課程単位取得退学。現在、大阪芸術大学通信部講師。日本バーナード・ショー協会事務局長。専門は英国ヴィクトリア・エドワード朝演劇、共著:『バーナード・ショーへのいざない』日本バーナード・ショー協会編(文化書房博文社、2006)、論文:「女神の黄昏 ―晩年のパトリック・キャンベル夫人―」(『バーナード・ショー研究』12号、日本バーナード・ショー協会、2011)、「日本演劇におけるバーナード・ショー元年」(『バーナード・ショー研究』13号、日本バーナード・ショー協会、2013)など。

研究発表3 譲原晶子
イリ・キリアンの舞台外空間――奥行きの闇と舞台袖

発表要旨
イリ・キリアン(1947- )は現代を代表するバレエ振付家として知られている。一晩ものの物語バレエよりも小品を得意とするこの巨匠の作風について、舞踊学者セイヤーズは「非物語劇的バレエnon-narrative dramatic ballet」――すなわち、明確な物語はもたないがドラマティックな表現性をもつ作品――と評し、また彼の『詩編交響曲』(1978)と『墜ちた天使』(1989)の「熟練した群舞操作の類似性」について指摘している。

本発表ではこの2作の他に『結婚』(1982),『かぐや姫』(1988),『サラバンド』(1990),『プチ・モ>ル』(1991)を含む彼の初期から中期にかけての作品群において、手法と呼ぶべきある共通の群舞デザイン・システム(あるいは空間構成システム)が使用されていることを指摘する(この手法は、オハッド・ナハリン、ナチョ・デュアトなど他の振付家の作品にも利用されているのが観察できる)。論者はこの手法を「点―線―面の手法」と名付け、この手法がもつ意味と機能を検討する。

考察で着眼することのひとつに、「ダンサーが舞台に登場、退場するとき方向」の問題がある。上記の作品は、作品中のダンサーの出入>りは総じて少なく、出入りがある場合には舞台袖よりも舞台背景の「闇」が利用されており、作品全体としても舞台空間の「幅」よりも「>奥行き」が活用されようとしている、という特徴が共通してみられるのである。一方キリアンの作品には、『シンフォニー・インD』(1976)など、これとは正反対の作品、すなわち、作品中のダンサーの出入りが激しく、舞台袖のみから登退場し、舞台空間の「幅」がフルに活用される作品も見られる。これら二つのタイプの作品を比較することで、キリアンの「舞台空間」(より正確にいえば「舞台外空間」)に対する考え方を読み解いてゆきたい。

これらの考察を踏まえてさらに、『かぐや姫』の空間構成について分析する。『かぐや姫』はキリアンには異色の一晩もの物語バレエである属するが、やはり「非物語劇的バレエ」の様相を帯びている作品である。この作品も、「点・線・面の手法」を使って構成されているが、これによってキリアンが、筋書きを通してよりも空間を通して物語を構成しようとしていることを論証する。また、本発表の本筋からははずれるが、『かぐや姫』という「日本最古の文学作品」に取材するバレエ作品のグローバル化にまつわる問題についても言及したい。

【プロフィール】
譲原 晶子(ゆずりはら・あきこ)
千葉商科大学教授。主要著書にAnne Woolliams: method of classical ballet (Kieser Verlag, 2006),『踊る身体のディスクール』(春秋社, 2007)、最近の主要論文に、'Kylian’s space composition and his narrative abstract ballet', Theatre Research International, Vol.38, No.3 (Cambridge University Press), 2013;メネストリエのバレエ理論からみたノヴェール―『舞踊とバレエについての手紙』(1760)における借用をめぐって,『美学』244号,2014;’Historical and contemporary Schrifttanz: Rudolf Laban and postmodern choreography’, Dance Chronicle, Vol, 37, Issue 3(Routledge) 2014 などがある。

12月例会案内

大変遅くなりましたが、12月例会のお知らせをお送りいたします。
年末の大忙しい折とは存じますが、ふるってご参集くださいますよう、お願いします。

連続シンポジウム「スタニスラフスキーは死んだか?」

第3回・総括:ラウンド・テーブル・セッション

日時 12月13日(土)14:00-18:00
場所 成城大学3号館大会議室

司会 日比野啓(成蹊大学准教授)
ディスカッサント 井上優(明治大学准教授)・新沼智之(明治大学非常勤講師)・毛利三彌(成城大学名誉教授)・安田比呂志(日本橋学館大学教授)・山下純照(成城大学教授)[五十音順]

西洋比較演劇研究会では、連続シンポジウム「スタニスラフスキーは死んだか?」を、これまで以下のように二回実施してきました。


2012年12月例会「スタニフラフスキー・システムの歴史的検証」(講師:浦雅春・堀江新二)
告知:西洋比較演劇研究会公式サイト
http://www.comparativetheatre.org/archives/281
概要:『西洋比較演劇研究』第12巻第2号「例会報告」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ctr/12/2/12_297/_pdf
2013年12月例会「日本におけるスタニフラフスキー」(講師:藤崎周平・笹山敬輔)
告知:西洋比較演劇研究会公式サイト
http://www.comparativetheatre.org/archives/317
概要:『西洋比較演劇研究』第13巻第2号「例会報告」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ctr/13/2/13_121/_pdf

最終年度となる今年度は、専門家をお招きしてその研究成果を伺うかわりに、これまで議論されてきた内容をもとに、西洋比較演劇研究会の会員有志によるラウンド・テーブル・セッションを行い、三年間の総括を行います。

※進行次第を以下のように変更いたしました(下記は変更後のみ記載)

直前の変更は望ましいものではないですが、聴衆のみなさまのより広汎な理解が得られ、結果としてフロアからのディスカッションが盛り上がることを期待して、苦渋の決断をいたしました。ご寛恕いただければ幸いです。

進行次第
第一部:スタニスラフスキー・システム基本概念の批判的検討(約60分)
第二部:司会からの『俳優の仕事』の「新しい」読み方の提案(約60分)
(休憩)
第三部:ディスカッサントによる議論:スタニスラフスキー・システムの現在における
有効性(約60分)
第四部:フロアからの議論・まとめ(約60分)

第一部:基本概念の批判的検討(約60分)
多様な解釈を許容する、矛盾をはらんだテクスト=「古典」としての『俳優の仕事』という前提をもとに、ディスカッサントおよび司会が、スタニスラフスキー・システムの基本概念(の一部)を説明し、その内実を批判的に検討します。新訳における訳語の適切さや、スタニスラフスキー自身の用語使用の「揺らぎ」についても言及されることになるでしょう。

[担当概念:担当者(変更の可能性あり)]
1. 魔法の<もしも>・与えられた状況:井上
2. 注意の対象(光の輪)・交感[交流]:安田
3. 断片と課題・ポドテクスト:山下
4. 「我あり」・適応・舞台における内的な自己感覚:日比野
5. 貫通行動[一貫した行動]・超目標[究極課題]:新沼
6. 身体的行動:毛利

第二部:司会からの『俳優の仕事』の「新しい」読み方の提案
21世紀の現在から、ほぼ百年前のテクストである『俳優の仕事』に書き込まれたイデオロギーや「偏向」について検討します。といっても、それは「あと知恵」でスタニスラフスキーを批判するためではなく、今スタニスラフスキーをアクチュアルなものとして読むために必要な「構え」を共有するためです。具体的には、以下の6点についてお話します。

1. リアリズム=「持続する時間」の表象
2. 科学主義
3. 機械論的人間観
4. 主体の統一性という神話
5. 折衷主義
6. 観客の観劇態度を教育するものとしての『俳優の仕事』

第三部:ディスカッサントによる議論:スタニスラフスキー・システムの現在における有効性
第一部・第二部で話し合われたことを受けて、スタニスラフスキー・システムの現在における有効性をディスカッサント間で自由に議論を行います。昨今の上演作品(国内・海外)における成功例・失敗例なども具体的に取り上げられることになるでしょう。

第四部:フロアからの議論・まとめ
第一部から第三部で話し合われたことを受けて、フロアから質問・疑問を受けつけ、必要があればディスカッサント・司会を交えて議論を行います。最後に司会がまとめを行い、今後のスタニスラフスキー・システムの活用の見通しを語ります。

会員のみなさんはふるってご参集ください。また非会員のかたのご見学も歓迎します。
当日お名前と(あれば)所属をお書きいただくだけで、事前のご連絡は不要です。

10月例会案内
後期第一回の例会を以下の通り、開催いたします。お忙しい折かと思いますが、ご参集
くださいますようお願い申し上げます。

日時 2014年10月4日(土)14:00-18:00
場所 成城大学3号館3F 大会議室

1 研究発表 田ノ口誠悟 14:00- 15:50
「ルイ・ジューヴェの演劇美学がはらむ政治的モチベーションについて」

 近年、フランスの演出家グループ「カルテル」の一人で、20世紀前半の欧米を代表する演劇人、ルイ・ジューヴェ(Louis Jouvet, 1887‾1951)の仕事の見直しが行われている。ジューヴェはこれまで、その師であるジャック・コポーと同じく、戯曲・テクストを重視する演劇の提唱者、実践者と見なされてきた。しかし最近、大戦間期という彼が特に活躍した時代の文化的・社会的ダイナミズムの潮流の中でその仕事を捉え直す気運が高まっているのである。例えば、ジューヴェの未発表の演劇論を検証し、その演劇活動を、諸芸術・技術の超領域的混淆の時代であった大戦間期に特有の、実験的な手法を多用したスペクタクルの構想・実現過程として読み替える提案をしたエーブ・マスカローの研究は記憶に新しい(Louis Jouvet, introduction et choix de textes par Eve Mascarau, Paris, Actes Sud-Papiers, coll. ≪ Mettre en sc?ne ≫, 2013)。
 本研究発表もこのような「大戦間期とジューヴェ」という視点に基づくものである。具体的には、芸術・演劇がかつてなく政治化した時代でもあった当時におけるジューヴェのポジションを探ることを目的とする。大戦間期においては、ロシア共産革命や第一次世界大戦といった未曾有の事変が、社会のあり方と向き合う作品を作らねばならないという問題意識を芸術家達にかき立て、演劇の領域においても、問題演劇やプロレタリア演劇、民衆演劇といった傾向的な表現が趨勢を占めた。
 このような政治化する演劇シーンの中に組み込まれるものとしてジューヴェの演劇活動も理解されうるのではないか。本発表では、この「政治的演劇人ジューヴェ」という構想の第一段階として、彼の演劇論に読み取られる政治演劇の理念を明らかにする。

発表者プロフィール:たのくち せいご
早稲田大学文学研究科博士後期課程、パリ西大学視覚芸術学研究科演劇コース博士課程在学中。2010?2011年度フランス政府給費留学生ののち、日本学術振興会特別研究員(DC2, 2012?2014年)。2011年パリ西大学演劇学研究科修士課程修了。専門:民主主義体制下のフランスおよび日本における「政治的であること」を標榜した舞台芸術の歴史・理論の研究。
主な研究業績:① ≪ Le théâtre politique sur papier : une étude sur le rapport entre les drames giralduciens publiés et leur public », in Simona JISA et alii (dir.), Jean Giraudoux : écrire/décrire ou le regard créateur, Casa Cărţii de Ştiinţă, actes du colloque international 9-12 mai 2013, Cluj-Napoca, Université Babes-Bolyai, décembre 2013, pp. 47-54. ②「演劇とデモクラシー――政治的言論生産装置としてのジャン・ジロドゥ『ジークフリート』」、『フランス語フランス文学研究』103号、pp. 217-232, 2013年。③「ジャン・ジロドゥの《人民演劇論》」、『西洋比較演劇研究』、Vol. 12 No. 2, pp. 162-173, 2013年。

2  合評会16:00- 18:00
本会紀要『西洋比較演劇研究』第13巻第1号(英語)・第2号(日本語)に掲載された何本かの論文の合評会です。これまでも同様の合評会を何度か行なって参りました。紀要がWeb上公開となってからは、初めてとなります。執筆者の居住状況やスケジュールとの関係で、調整した結果、今回は次の4本のみについての合評会となります。それぞれ内容を要約することなく、ただちに各30分ほどの質疑応答をおこないたいと思います。
ご参会予定の方は、ぜひとも論文を読んでおいでください。

英語論文
“Revolutionary Theatre” or “Syncre-Theatre”: Derek Walcott’s Walker (2002) and the Representations of Temporality.
Yuri SAKUMA (p.39-54)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ctr/13/1/13_3/_pdf

Derek Walcott: A Caribbean ‘National Theatre’ vs. Neo-Colonialist Tourism.
Chihoko MATSUDA  (p.69-81)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ctr/13/1/13_5/_pdf

日本語論文
ミュージカルThe Mystery of Edwin Drood における劇中劇構造と歌の劇的意義の分析
藤原 麻優子 (p.94-107)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ctr/13/2/13_2/_pdf


境界を内破する ─キャリル・チャーチル『トップ・ガールズ』における身体
鈴木 美穂 (p.108-119)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ctr/13/2/13_3/_pdf

執筆者紹介(刊行時点)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ctr/13/2/13_120/_article
7月例会案内

本会ならではのシンポジウムを開催します。ご来場をお待ちしています。

シンポジウム:「18世紀ヨーロッパにおけるアルレッキーノの変容」

日時:2014年7月19日(土)14:00〜18:00
会場:成城大学3号館3F大会議室
司会:安田比呂志

発表:
奥香織「18世紀パリの縁日芝居におけるアルルカンの表象——ルサージュの作品を中心に」
安田比呂志「18世紀イギリスにおけるハーレクィンの変容——2作のパントマイム『ハーレクィン・ドクター・フォースタス』を中心として」
小林英起子「18世紀ドイツ・ザクセン類型喜劇におけるハルレキーン——クヴィストルプの喜劇における下僕の変容を例として」

趣旨:
ヨーロッパ演劇史の視点からみた場合、18世紀はコンメディア・デッラルテの歴史の中でも非常に興味深い世紀であると言える。18世紀は、コンメディア・デッラルテが上演台本通りの上演を行うことで即興性という本質的な性質を失い、オペラ・コミックとの合併(1762年)によって結果的に演劇史の表舞台から姿を消す世紀である一方で、巡業を通してヨーロッパの各国に根づいていたコンメディア・デッラルテの演劇的特徴が、それぞれの国において独自の展開をみせていた世紀でもあったからである。
ところが、この18世紀のヨーロッパにおけるコンメディア・デッラルテの独自な展開は、たとえばハーレクィン(アルレッキーノ)がその成立過程で重要な役割を果たしたイギリスのパントマイムの場合のように、当時の劇場文化を構成する重要な要素のひとつとなっていたにもかかわらず、その実像が具体的な形で紹介される機会が極めて少ないという現状が、今尚あるように思われる。
そこで今回のシンポジウムでは、コンメディア・デッラルテのヨーロッパにおける独自の展開の様相を明らかにするための第一段階として、コンメディア・デッラルテの様々な登場人物たちの中でも特にアルレッキーノを中心的に取り上げ、18世紀のフランス、ドイツ、イギリスで上演された、アルレッキーノが登場する作品や、そこに登場する役者の演技などを具体的に紹介しながら、それぞれの国にみられたアルレッキーノの変容の性質を検証して行きたい。

奥香織「18世紀パリの縁日芝居におけるアルルカンの表象——ルサージュの作品を中心に」

ルイ14世の時代にパリに定住したイタリア人劇団は1697年に国外追放となるが、イタリア喜劇の「類型」は縁日芝居に取り込まれ、独自に発展を遂げていく。中でもアルルカンは演目のタイトルそのものに頻繁に登場し、さまざまな役で人気を博した。とはいえ、縁日芝居は公権力に認められていなかったために制約も多く、18世紀初頭には対話が禁止されるなどの障害もあった。こうした中で、縁日のアルルカンは、「王の常設劇団」である新イタリア人劇団(1716年に来仏)とは異なるかたちで表象され、発展していく。それは、後のブルヴァール劇のアルルカンへとつながる存在でもある。非公式の場で活躍したアルルカンではあるが、そこには、演劇史における重要性が認められるのである。そこで、本発表では、18世紀初頭のパリの縁日芝居のアルルカンに注目し、その特徴と上演の実態を明らかにする。特に世紀初頭に人気を博したルサージュの作品を中心的に取り上げ、同時代の他のアルルカンとも比較しながら考察を行う。また、制約が多い中でアルルカンがどのように表象されたのか、形式と演技の観点からも検討したい。

プロフィール:
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得退学、パリ第4大学博士課程修了。現在、早稲田大学、明治大学ほか非常勤講師。専門はフランスの舞台芸術(特に18世紀フランス演劇とその現代演出)、日仏演劇交流。論文:「マリヴォーとイタリア人劇団——演劇創造の源泉としての演技」(『西洋比較演劇研究』12号、西洋比較演劇研究会、2013)、「マリヴォーにおける「露呈」の演劇性」(『日仏国際シンポジウム 演劇と演劇性』、早稲田大学演劇映像学連携研究拠点、2014)など。

安田比呂志:「18世紀イギリスにおけるハーレクィンの変容——2作のパントマイム『ハーレクィン・ドクター・フォースタス』を中心として」

1723年、ロンドンで2作のパントマイムが上演された。ジョン・サーモンドの『ハーレクィン・ドクター・フォースタス』と、ルイス・ティボルドとジョン・リッチの『ネクロマンサー、あるいはハーレクィン・ドクター・フォースタス』である。ハーレクィンが主人公のフォースタス博士を演じるこれら2作のパントマイムは、18世紀のロンドンでパントマイムの人気を確立したことで良く知られているが、コンメディア・デッラルテの登場人物たちが、とりわけアルレッキーノがイギリスにおいて経験した「変容」の様相を具体的に示す実例という点でも、非常に興味深い作品となっている。
そこで本発表では、これら2作のパントマイムを中心に取り上げ、それらの上演の様子を可能な限り再現することで、21世紀の現在にまで高い人気を維持しているイギリスのパントマイムの伝統的な特徴を明らかにするとともに、フォースタスを演じるハーレクィンの姿をひとつの頂点とする、18世紀のイギリスにおけるアルレッキーノの受容と変容の様相について検証する。

プロフィール:
日本橋学館大学教授。専門はシェイクスピアを中心とするイギリス演劇。共著に『シェイクスピアの架け橋』(東京大学出版会、1998年)、『新訂ベスト・プレイズ』(論創社、2011)、『日本橋学館大学芸術フォーラム叢書3:18世紀ヨーロッパにおける演劇の展開』(2012)など、翻訳にトマス・オトウェイ作『スカパンの悪だくみ』(『西洋比較演劇研究』第11巻、2012)、ウィリアム・ダヴェナント作『劇場貸出し中』(同、第12巻、2013)などがある。

小林英起子:「18世紀ドイツ・ザクセン類型喜劇におけるハルレキーン——クヴィストルプの喜劇における下僕の変容を例として」

18世紀中葉、啓蒙演劇の中心ライプツィヒではゴットシェートの文芸理論が影響を及ぼしていた。それは道化役を良くは理解せず、スカラムーチェやハルレキーンを厳しく批評するものである。彼を囲む文学サロンに属していたのがクヴィストルプである。道化役追放を演劇改良の旗印とした彼らは、市民階級の主人公を誇張された性格と諷刺で描き、良徳と悪徳を示す類型喜劇を得意とした。
本発表では、クヴィストルプの1740年代の喜劇『牡蠣』、『山羊裁判』、『心気症の男』における下僕の役柄と喜劇性を比較し、コンメディア・デッラルテの影響の痕跡を検討する。クヴィストルプがいかに用心深くハルレキーンを変身させていったのか考察する。
18世紀初頭、即興芝居ハウプト・ウント・シュターツアクツィオーンではピッケルヘーリング等が滑稽役であり、フランス経由でハルレキーンが伝わった。ゴットシェートに翻弄されたノイバー座、組みしなかったハルレキーン役者およびウィーンのハンスブルストについても言及する。

プロフィール:
2009年より広島大学文学部教授。レッシング、ノイバー夫人、ザクセン類型喜劇、ゲーテ喜劇等18世紀ドイツ演劇・演劇史を研究。主書 „Lessings Anfaenge – Die fruehen Lustspiele im Kontext der Zeit.“ Bochum: Projekt Verlag 2003. 翻訳 T.J. クヴィストルプ作『心気症の男』(同学社)2009.


5月例会案内(会場に変更あり;改訂5/15)

2014年度第1回の例会のお知らせです。年度初頭のお忙しい折かと思いますが、奮ってご参加くださいますようよろしくお願いします。なお、終了後には簡単な懇親会を行う予定です。こちらも併せてご参加ください。

日時 2014年5月17日(土) 14:00-18:00
会場 成城大学 7号館、723教室
   小田急線、成城学園前駅下車(急行可、快速急行は不可)、
   北口徒歩3分(南口横に交番あり)。
内容 1 研究発表 山下純照
   2 報告 永田靖 

概要
1 研究発表 山下純照
「ドイツ演劇界におけるジョージ・タボーリ受容の変化——衝撃と拒否から肯定へ——」

要旨 演劇学会の最近の会報に寄せた拙稿「研究の視点:バースデイ・パーティ」からも察せられるように、1990年代前半から2007年の死に至るまでの晩年のタボーリは、ドイツ社会のいわば寵児となっていた。個々の演出や新作への手厳しい劇評がなかったわけではない。が、存在としてのタボーリは言わば不可侵の域に達していた。しかし彼は1971年の渡独後、常に好意的な評価を受けてきたわけではなかった。それどころか70年代のドイツ演劇界は全体として、タボーリに対しその先鋭性とドイツの制度になじまない創造スタイルのゆえに拒絶的であった。180度の転換と言えるこのような受容の変化はいかにして引き起こされたのだろうか。今回の発表では、70年代のタボーリを象徴する二つの上演『ピンクヴィレ』(1971年)と『断食芸人』(1977年)、評価転換期の話題作『わが母の肝っ玉』(1978年)と『ベケット・アーベント㈵』(1980年)、80年代後期の成功作『わが闘争』(1987年)とドイツ語圏文学者として最高の栄誉とされるビューヒナー賞の受賞作となった『ゴルトベルク変奏曲』(1991年)に触れながら、上の問いに答えることを試みる。手続きとしては、いくつかのTV映像からのヒントを皮切りに、劇評を最も基礎的な資料として用い、刊行されたテクストに基づく作品紹介をもおこないながら、活動内容の変化と反応の変化を連動させてみたい。仮説の形で、そうした変化とその背景をなす社会文化史との関連を若干展望するところまでを目標とする。
(注 論者はこれまでTaboriの表記を「タボリ」としてきた。しかし、ファーストネームのGeorgeが、ドイツではハンガリー風の「ジェルジ」ではなく、本人のアメリカ帰りを背景とした「ジョージ」であるのに合わせて、ファミリーネームも、同地で呼び慣わされている「タボーリ」に変更することにしたい。)

発表者プロフィール:やました よしてる
専門領域はドイツ語圏を中心とする近現代演劇、および演劇理論。記憶の概念からの現代演劇の再考察を進行中。成城大学教授。日本演劇学理事。

2 報告 永田靖
「文化庁「大学を活用した文化芸術推進事業;劇場・音楽堂・美術館等と連携するアートフェスティバル人材育成事業」について」

平成25年度に大阪大学文学研究科が中心になって獲得した表記補助金事業について、その簡単な概略を報告し、あわせてそこで明らかになった問題点と可能性について、文化庁事業が示す問題性と同時にその文化政策的な転換を、大学がどのように活用し、人材育成につなげて行くのか、またその際の問題点は何かなどについて、大阪大学文学研究科の事例に即して議論したい。

発表者プロフィール:ながた やすし
専門領域はロシア語圏及び日本の近現代演劇史。アジアの演劇研究のネットワーク構築を進めている。日本演劇学会事務局長、IFTR Asian Theatre WG 主宰。

2014年度総会および第1回(4月)例会のお知らせ(会場に変更あり;改訂4/2)

2014年度第1回の例会のお知らせです。年度初頭のお忙しい折かと思いますが、奮ってご参加くださいますようよろしくお願いします。なお、終了後には簡単な懇親会を行う予定です。こちらも併せてご参加ください。

日時 2014年4月12日(土)
会場 3号館3階大会議室
   小田急線、成城学園前駅下車(急行可、快速急行は不可)、
   北口徒歩3分(南口横に交番あり)。

14:00-15:00 総会
15:00-18:00 討論 
「日本での国際舞台芸術祭における諸問題:イプセン演劇祭とフェスティバル/トーキョーを手がかりに」報告 毛利三彌 萩原健
※終了後会場にて懇親会を行う予定です。

【報告要旨】
報告1 〈現代イプセン演劇祭〉からの問題点  毛利三彌

(舞台そのものについて詳しく述べることはしないが、見ていない人も多いだろうから、名取事務所のHPに載せた私の演劇祭総括文−各舞台についての私の個人的感想ーを、あらかじめ読んでおいていただけるとありがたい。〈現代イプセン演劇祭総括〉でネット検索すれば出てくる。)
昨年11月から12月にかけて、東京で開かれた現代イプセン演劇祭(「人形の家」特集)では、6つの舞台が上演された。そのうち4つが海外の舞台であったが、そこから出てきた演劇上演に関する問題、すなわち、演技の問題、近代古典劇上演の問題、字幕の問題について思うところを述べたい。
(i)演技の問題
今回の演劇祭で、ノルウェーの女優ユーニ・ダールの一人芝居「イプセンの女たち」の演技に多くの賛辞が寄せられた。彼女は、自分の演技はスタニスラフスキー・システムを土台としていると言っていたが、昨年度来、スタニスラフスキー・システムの再検討が、研究会のテーマの1つになっていることもあり、彼女の演技が、日本の新劇の演技とどう違っているのか、なぜ違っているのかを考えてみたい。
(ii)近代古典劇上演の問題
4つの海外舞台は、それぞれに演出方針が全く異なっていた。これはイプセンに限らず、近代古典劇現代上演の一般的状況であると思われる。いずれも、私の舞台を含めて、日本の上演とは違った形をとっている。おそらく歴史的事情と社会状況の違いによるものであろう。特に、独裁政権崩壊後のチリの「ノーラ・ヘルメルを追いかけて」の舞台から、それを強く感じた。比べて、日本の演劇状況のたるんでいることも。だがこの論を進めていくと、たるんだ若者を鍛えるために徴兵制度を復活させるべきだ、というような議論になりかねないところもある。
(iii)字幕の問題
海外からの舞台では、一時流行ったイヤホンによる同時通訳方式はほとんど姿を消し、いまは、大半が字幕方式をとっている。だが、多くが十全なものではなく、字幕で舞台の成功不成功が左右されることも少なくない。なかなか解決できない問題だが、実際には、制作上の問題にとどまらず、戯曲翻訳学の重要問題となる可能性がある。外国舞台の映像記録としても考察すべき問題だろう。このような問題提起に対する出席者の討論を期待したい。

《プロフィール》
毛利三彌(もうりみつや)、成城大学名誉教授、元日本演劇学会会長
主な著書編書:『北欧演劇論』、『イプセンのリアリズム』(日本演劇学会河竹賞)、『イプセンの世紀末』、『演劇の詩学』、『演劇論の変貌』(編著)。主な訳書:『北欧文学史』(共訳)、『講談社世界文学全集 イプセン、ストリンドベリ集』、『イプセン戯曲選集−現代劇全作品』(湯浅芳子賞)主な演出:イプセン現代劇連続上演(名取事務所1999〜2012)

報告2 フェスティバル/トーキョーとリミニ・プロトコル  萩原健

 2009年春に始まった国際舞台芸術祭、フェスティバル/トーキョー(F/T)は昨秋で6回目を数えた。本報告では、F/Tの概況報告に続けて、繰り返し招かれている国内外の作り手のなかからリミニ・プロトコル(2000年結成)を取り上げ、彼らがF/Tで発表し、報告者がその制作に関わった3作品——『カール・マルクス:資本論、第一巻 東京ヴァージョン』(09年春)、『Cargo Tokyo-Yokohama』(09年秋)、『100% トーキョー』(13年秋)——を中心に、そのクリエーションにおける、演技、近代古典劇の現代化、字幕の各点について検討する。またここから導かれる、F/Tの特徴と課題について考えたい。

《プロフィール》
萩原健(はぎわらけん)
明治大学国際日本学部准教授。
現代ドイツ演劇および関連する日本の演劇。共訳に『パフォーマンスの美学』(2009)、共著に『演劇インタラクティヴ 日本×ドイツ』(2010)、『村山知義 劇的尖端』(2012)ほか。戯曲翻訳、稽古場通訳、字幕翻訳・制作・操作も手掛ける(萩原ヴァレントヴィッツ健)。